『夜市』

恒川光太郎『夜市』
2005年度第12回ホラー小説大賞受賞作。
新聞下の広告を見ておもしろそうだったので図書館にリクエスト。早めに頼んだせいか割とすぐ読めました。
以下、宣伝から予見できる以上のことは書いてないですが、未読の人は読まない方がいいかも。






割と童話っぽい始まりだった。
普通の人は行けない夜市に行くと、ゴリラやらなんやらが怪しげな品物を売っている。実は祐司は昔、5歳の弟と引き替えに野球の才能を手に入れたのだった。市から帰ってみると、弟は最初からいない存在になっていた。
高校時代の同級生いずみをつれて再び夜市を訪れた祐司は、どうしても弟を取り戻すのだと言う。
祐司が用意した70万円あまりでは、弟を買い戻すには足りない。もしかして、今度はいずみを売って弟を買うつもりなのか……
この本は「夜市」と「風の古道」の2つの中編が入っている。共通する特徴としては、どちらも語り手が途中で変わっていくこと。たとえば、「夜市」なら最初はいずみ、次に祐司、最後はまた別の語り手になっている。
特に「風の古道」の方で
以下、一部かなりのネタバレ

主人公以外の人物の語りの中で、いわゆる「こんな晩」のモチーフがあっさりと、メインエピソードではなく使われているのに驚いた。なんてもったいない使い方だ。
実はわたしも、語り手が「こんな晩」と言い出すまで、というストーリーをいつか書きたいともう何年も思っているので、やられた、という気分です。
それからもう一つ、両作品とも「気にしなければ別に怖くない」というのが特徴。祐司が弟のことなど忘れて野球の才能を享受していれば、レンが道での暮らしに満ち足りて、自分の素性を考えなければ、あるいは「私」がカズキのことをさっさとあきらめて道を出て、彼のことを忘れてしまえば、別になんの怖いこともない。
この話の恐怖は、外から否応なしにやってくるのではなく、それぞれの心や生き方からわいてくるものなのだ。

正直、食い足りないところもあるのだけれど、今後に期待したい作家さんです。