『金沢城のヒキガエル 競争なき社会に生きる』

奥野良之助著。
金沢城のヒキガエル 競争なき社会に生きる (平凡社ライブラリー)

おもしろかった。図書館の新着コーナーで目にとまらなかったらおそらく読むことはなかったでしょう。
副題にあるようにヒキガエルは本当に競争しない。それどころか働かない(活動しない)。
何せ、冬眠の他に、夏眠、冬眠からさめてちょっと繁殖行動したら春眠と休んでばかり。
計算してみると、春の活動期に出勤5日で25時間(5日間で計25時間、念のため)、夏はせいぜい1日5時間、秋の活動期はおまけして春と同じ5日25時間、冬は冬眠だからまったく働かない。1年で11日、労働時間55時間。
この労働時間とは食べるための捕食行動のことで、繁殖行動はまた別。約10日の繁殖行動期間に皆勤するものもあるらしいから、それを一日5時間として50時間。ほぼ食べるための労働時間に匹敵するが、それにしたって1年約21日の、100時間だ。
また、「競争なき社会」というのも嘘ではない。カエルが繁殖行動に何回出てきたかという記録を見ると、最初の1日のみ参加、というカエルが一番多いのは「競争相手が多いとき」と「少ないとき」のどちらかというと、競争相手が多いとき、なのだ。つまりあきらめが早い。メスとの比率が約1:7なので圧倒的にオスがあぶれるわけだけれど、「だからがんばる」のではなく「さっさとあきらめる」のがヒキガエルのスタイルだ。
また、3本足のカエルが寿命を全うし、1度だけとはいえ繁殖行動(抱接)に成功している。
「弱肉強食」のダーウィニズムばかりが生物界を支配しているわけではないのだ。筆者はそのダーウィニズムにかなり批判的だ。
そもそも、ダーウィンの時代は、イギリス初期資本主義の発展期だった。成功者が大金持ちになり、失敗すると無一文になる。それがダーウィンの社会観になり、その社会観を自然界に投影したのがダーウィニズムだという。そして、それをまた、人間社会に投影しかえし「弱肉強食は自然界の法則だ」とされている。そして、人間界の競争原理を正当化している。
1931年生まれの筆者は、戦争を見、学園紛争を見、そして、今の競争社会を見、そのような恣意的な投影の仕方を許せないでいる。
この本が書かれたのは1995年、この平凡社ライブラリー版が出たのが2005年、その10年間で「競争社会」はよりいっそう過酷になった。

ヒキガエルがうらやましくなってくる。