映画「太陽」

ロシア人監督が昭和天皇を描いた、という話題作。
最初の、天皇の生活を淡々と描いたところはちょっと眠かった。しかし、今回は目を見開いて歯を食いしばって寝ないようにがんばる。
天皇役のイッセイ尾形は、口元の開き具合、動かし方などかなり昭和天皇に似せている。それから、肩を落として腕を前に垂らし、背筋を伸ばした立ち方とか。

着替える時は、天皇はただ立っているだけで、年寄りの侍従がワイシャツを着せ、軍服を着せ、よく動かぬ指でやたらとあるボタンをはめていく。天皇は、侍従が「あともう少しだ」などとかけ声をかけても知らぬふりをし、軍服のまん中のボタンがはずれていると黙って自分でかけてしまう。
天皇は、自分の心情や世界情勢や、戦争に至ったいきさつを、ぶつぶつと、あるいはやや大きな声で言う。内容はよく聞き取れず、周囲の人間もほとんど注意を払っていない。

時に傲慢に、時に同情心をもって天皇に接するマッカーサー。二人のやりとりを見ていると、パイプをくわえポケットに手を突っ込んだマッカーサーと直立不動の天皇の、あの有名な写真を思い出す。
御所の庭に天皇の写真を撮りに来たアメリカ兵たちは、天皇を見て「チャーリー(・チャップリン)だ」と騒ぐ。
わたしが連想したのはもう一人のチャーリー(・ブラウン)。もっとも私のオリジナルではなくて、昭和天皇アメリカを訪問した折に、「生きたチャーリー・ブラウンだ」と若いアメリカ女性が言った、という話を思い出したわけ。

最後に出てくる桃井かおりの皇后も、外見としては香淳皇后には似ていないけれど、「あっ、そう」という天皇の口癖が移ったとも、相手の口癖を多用して(子供・天皇)をなだめているとも見えるようすが、いかにも「あったること」のように思える。
二人きりになっても、決して情熱的に抱き合ったりキスしたりしない。ただ、そば近く座り、手を取り、天皇は皇后の肩に顔を寄せ、皇后は天皇の頭をそっと抱き、なでる。これもまた「あったること」のようだ。
こういう「いかにも」な動作と言葉遣いは、誰がつけたのだろう? 脚本、あるいは翻訳は誰なのか? すごいと思う。
違和感があったのは2カ所だけ。一つは天皇の写真を撮る時に、兵隊たちがバラの根元を踏み荒らしているのに、天皇が不快感を示さなかったこと。本当の天皇だったら怒ったんじゃないかな?
あと一つは忘れてしまった。

おもしろかったのは、ふすまのように開ける天皇のクローゼットの取っ手が、非常に低いところについていたこと。跪いて開けるからあんなに低いのだ。

それから、玉音放送の吹き込みを行った人が自決した、というのは本当のことなのかな?