『浮世の画家』

浮世の画家 (中公文庫)

浮世の画家 (中公文庫)

作品の内容に触れています。ご注意ください。





日の名残り」(映画しか見ていないけれど)の作者であり、「信頼できない語り手」の作品を多く書いている、という予備知識を持った上で読んでいれば、この作品の語り手に対して先入観がさっさと生まれてしまうのも無理はないと思う。

名声を持ちながらもそれにこだわらない高潔な人物。婚期を過ぎた娘とともに静かに世捨て人の生活を送っている。たまに遊びに来る孫に振り回されるのもまた楽しい。次の縁談こそ成功させようと不器用ながらも骨を折ろうとするのだが。。。。

読みながら小津映画のシーンというかたたずまいが頭に浮かぶ。
が、一方で先に書いた先入観は、その小津の雰囲気をパロディにもする。気分はすっかり笠知衆、と振る舞っている人間をにやにや笑って見ている、というか。

彼は、高潔な人物などではなく、戦争という時局に乗り、戦意高揚のための絵を器用に描いて名声を得、そのためには師を裏切り、弟子を売った。その悪評のために、隠遁生活を余儀なくされ、娘の縁談にまで響いているのではないか、と。

そんな人物像が浮かんでくる。そこまでは、読み始めた時から「こうなるだろうな」と思えた筋書きだ。
だが、最後の最後で、「はたしてそうだろうか?」という疑問も浮かんでくる。
戦意高揚の絵を描いたのも本当かも知れない。弟子を売ったかも知れない。だが、その影響力はそれほど大きいものだったのだろうか。
「悪評がなりひびいた」というのもまた自己欺瞞なのではないだろうか。彼は、何も成し遂げなかったのを認めたくなくて、最後に「悪評」にすがりついたのではないだろうか。

何重もの読み方ができる、不思議に魅力的な本だった。(まったく魅力のない人間をえがいているのに)