『「イスラーム国」の脅威とイラク』
- 作者: 酒井啓子,山尾大,吉岡明子,?岡豊,保坂修司,松永泰行
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2014/12/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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かなり難しくて、この分野一冊目の本としてはあまり適当ではなかった。
「イスラーム国」がモスルを陥落させたとき、中心となったのはイラクの旧主流派(フセイン時代の)。「イスラーム国」は彼らに雇われた「用心棒」的存在だった。
イラク前首相のマーリキは、各派閥の調整の結果選ばれたロープロファイルな人物で実権は大してないはずだった。しかし、治安回復に成功するなどして「国民の指導者」として大きな力を持つようになった。マーリキ失脚後の首相も、ロープロファイルな人物。
シーア派はムハンマドの子孫を重視する。そのため、彼らの墓を聖廟として巡礼の対象としている。そんな態度が、他の派閥には、多神教的、偶像崇拝的と見える。アメリカなど異教徒に対する闘い、ジハードに対して、シーア派(不信仰者)への闘いをもジハードとする考えはタクフィール主義。ジハード主義は「遠い敵」との闘い、タクフィール主義は「近い敵」との闘い。アルカイダは次第に、近い敵とのたたかいを優先させ始めた。(「グローカル・ジハード主義。「イスラーム国」はよりいっそうタクフィール主義に傾いている。
「イスラーム国」はサイクス・ピコ体制の打破を掲げている。だから、アルカイダのザワヒーリが、「シリアは“ヌスラ戦線”、イラクはイスラーム国」と活動の単位を指定したことを、サイクス・ピコ体制の秩序に従うことだとして非難し、自分たちの側がムスリムを代表すると主張した。
アメリカは、シリアの反体制派を「良い(穏健な)反体制派」と「悪い(過激な)反体制派」に分け、前者を育成する事ができるという甘い見通しを持っていた。
石打ちや手足切断などの残虐な刑は、一部の派閥が、個々の体制や指導者がイスラーム法を遵守しているかを判断する最も明確な基準になる。彼らから支持を得るためにはこう言った刑罰の導入が欠かせないという面もある。