『深読みシェイクスピア』

深読みシェイクスピア (新潮文庫)

深読みシェイクスピア (新潮文庫)

 大変面白かった。シェイクピア個人全訳をされている松岡さんが翻訳をする過程で発見したことを語っている。
 「ハムレット」で、なぜオフィーリアは自分自身について「the noble mind」と言うのか? 著者はずっと疑問だった。それをオフィーリアを演じた松たか子はあっさりと「父親に言わされていると思っている」と喝破した。相手役の真田広之もやはり親に言わされた言葉だと思っていたという。そして、脇役に見えるボローニアスの文体、他人に台詞までつけるその有り様を発見していくのだ。また、ボローニアスは比較をしない。比較をするのはハムレット
 これをロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの役者に伝えたところ、この発見のためだけにでももう一度ハムレットをやりたいと言ったという。
 「ヘンリー六世」では、フランスからイギリスに来た王室について。ウィリアム征服王というと、イギリス王がどこを征服したかと思うが、実際はフランスから来てイギリスを征服した王だった。ヘンリー二世とヘンリー七世は、単にご先祖様としか思えないけれど、その文化背景は全く違う。
 youとthou。thouは親しみを込めた対等な言葉。だから「ロミオとジュリエット」においてジュリエットの言葉を過剰にへりくだらせてはいけない。その「thou」の文脈で使われる「my load」は「旦那様」といったニュアンスの甘やかな言葉。
対して「オセロー」ではデズデモーナは一貫して「you」を使っている。そして「my load」をよく使う。ただ「あなた」とだけ訳されて松岡さんも疑問に思っていなかったこの言葉、それを原文も読んでいないのに疑問を持った蒼井優。実際にはそこだけは「my good load」だった。そこは「my good lady」というオセローの言葉を対応していて、オセローにはすでに疑いが兆しており、一方そんなことは夢にも思わないデズデモーナはその呼びかけに「奥様なんて呼ばれちゃった」という喜びをこめて「my good load」と返すのだ。
 「恋の骨折り損」は気楽な喜劇のようだけれど、その背景には聖バルテミーの虐殺とそれに続くアンリ四世の度重なる改宗がかくれている。
 「夏の夜の夢」では、「enforced chastity」の解釈。最初は「犯された操」としていたし、そういう解釈も多い。しかし、ジョン・ケアードは「強制された純血」と解釈した。その方が劇のはじめと呼応する。
 「冬物語」では、唐突と思えるレオンティーズの嫉妬が、唐沢寿明のすばらしい解釈で腑に落ちるようになる。そして、最初の公演地から次の公演地へ行った後でもまた彼はすばらしい解釈を見せる。ここは唐沢が演出の蜷川幸雄を超えているとも見える。
マクベス」で、一卵性夫婦であった二人は、最初は「we」をつかっていた。それが「alone」と「we」と齟齬を来すようになり、最後はそれぞれが「alone」として死んでゆく。

大変面白かった。さいたまシェイクスピアシリーズ完結を目指して、まだまだ頑張っていただきたいです。