『明治大正翻訳ワンダーランド』

鴻巣友希子著
明治大正 翻訳ワンダーランド (新潮新書)
毎日新聞の書評欄に掲載されていて早速図書館で予約、すぐ読めました。
翻訳をする時、どこかに原語と日本語の間に生まれるきしみのようなものを残しておきたい。その思いは、草創期の翻訳者で「英文如来」とまで言われた森田思軒の時代から、筆者鴻巣の時代まで変わらないようだ。
そのことからもわかるように、今と比べれば情報も検索方法も乏しかったはずの明治・大正期の翻訳の質の高さは驚くほどだ。

坪内逍遙が明治17年に『ジュリアス・シーザー』を翻訳したときのタイトルは、『該撤(しいざる)奇談 自由太刀余波鋭鋒(じゆうのたちなごりのきれあじ)』といった。

『小公子』を翻訳した若松賤子の翻訳は本当に見事。この書評で初めて、日本語での三人称と英語での三人称が厳密には違うものだとわかった。英語の三人称は、本当に神の視点。誰にも当分に視線を注いでいる。それに比べ、日本語の文章では、自然にどちらかに視点がよっていくのだ。その視点の移動が、若松の翻訳では見事に美しく、なされている。

黒岩涙香『鉄仮面』
若松の『小公子』と『鉄仮面』については、書評にもかなり詳しく書いてあった。
最後、鉄仮面をはずした後、「そこに現れたのは〜の死に顔だった」。
えっ!? ここで死んでいるの? この後の脱出劇は?
なんと涙香は、翻訳と言いながら話を自分で作ってしまっていたのだ。
……ということが書いてあったのだ。
だけど、自分が『鉄仮面』を知らないせいか、書評を読んだときは、本当は続きがある鉄仮面を、涙香がめんどくさくなったかなにかで唐突に終わらせてしまった、のだと思った。実際は逆なんですね。死んでしまって終わり、が原作通りで、後日談を涙香が作ってしまった、と言うことなんだと思います。この辺、涙香の『鉄仮面』が前提になっているせいか、どちらが原作通りとははっきり書いてなくて、今ひとつ確信は持てませんでした。(涙香の自由奔放な翻訳、というのがテーマだから、あっさり死んでいる方が原作通りなんだろうけど、だめ押しの一言がほしかった)

また、佐々木邦『いたづら小僧日記』についても、佐々木の作品は、翻訳に見せかけた彼の創作、しかし、そのまねっこと思われていた伊藤六郎の『バッドボーイ日記』は本当の翻訳、だと言うこと? それとも、佐々木邦のも翻訳だったの?
良く読んでも今ひとつわからない。
たぶん、佐々木のは、涙香のように元ネタをかなり自由に翻訳したもの、伊藤のは、同じ本を忠実に翻訳したものということなんだと思うけれど、これもやはり確信は持てず。

分量に制限があったのかもしれないけれど、もうすこし言葉・文を補ってわかりやすくしてほしい、と思います。
私の頭が悪いだけ?

それから、『いたづら小僧日記』は、中学の頃読みました。まだどこかにあるはず。日本のことのはずなのに、ナイアガラの滝を見に行ったりして、妙にハイソなのが印象に残っています。同時収録の『おてんば娘日記』に出てくる「奈良の観音、駿河の観音(ならぬ堪忍するが堪忍)」という言葉は、「がまんがまん」というとき、今でも時々心中つぶやきます。

また、『フランダースの犬』の初翻訳は、ベルギーで生まれた「清」くんと「斑(ぶち)」くんの物語だったそうです。